岡本クリニック日記

岡本クリニック メンタルケア室    岡本慶子 精神科医

心は心でしかわからない

恩師・松本雅彦先生が昨年ご逝去された。
ずっと前に書いた、M先生である。

遺著 「日本の精神医学この五〇年」 松本雅彦著 みすず書房 2015年 から・・・

(以下引用)
「イエスかノーかの二分法にはすでにこの時点で評価者の主観が強く入り混じること、このような二分法を積み重ねてゆくことが真に客観的な評価になりうるか・・・など、この種の操作方法から生まれた症状評価尺度表の功罪…(後略)」 p.156

「昨今Evidence Baced Medicine(EBM(エビデンスに基づく医療))がしきりに喧伝されている。統計学の素人ではあるが、このEvidenceがいったいどこから導き出されるのか、それらが本来の意味での科学的客観性をもちうるのか、どうしても疑わざるをえない。」 p.169

「心は心でしかわからない。」 p.206
(引用ここまで)

かつて精神医学では主観的評価の弊害がいわれ、「客観的」「エビデンス」の名のもとに、評価の数値化、統計化、横断面重視、細分化した個別症状評価への流れがおこった。
そこで見誤ったり見失ったものがどれだけあるか、今はまだ分からない。

先生は最後に渾身の異議申し立てをして逝かれた。

クリニック日記再開

1年以上止まっていましたが、クリニック日記を再開します。







クリニックのメンバーが講師に招かれて(伏見区精神保健福祉講演会)

クリニックのメンバーが講演会の講師に招かれた。
伏見区の関係機関ネットワークが主催する、精神保健福祉講演会。

依頼を受けてメンバーに趣旨を伝えたら、数人が手を挙げて下さった。
一人が言ってくれたこと。「2年前、家で絶望していた自分が当事者の講演を聞いて一歩ふみ出す勇気を得た。だから今度は自分が話したい」。

各自で考えて原稿を書き、私がスライド化。
主催者との打ち合わせと現地下見、予行演習。みんなで準備を重ねた。

当日は150人の会場に一杯のお客さんだった。
私はふだんの(自分だけが話す)講演会より10倍くらい緊張していて、旧知の保健師さんに笑われるほど。

メンバーの3人はそんな私をしりめに、しっかりと自分の言葉で発表された。
つらく孤独だった過去。出会い。今後への思い。

会場の当事者から、家族から、関係者から、質問用紙がどっさり集まった。
3人の経験からの回答が胸にしみた。

「だから今度は自分が」の思いが生きた、希望をつなぐ講演会だった。


(講演会は「スライド+生放送方式」という独自の方法で実施。それについてはまたあらためて・・・)











 

新阿武山病院・新阿武山クリニックの「心理教育セミナー」でお話させていただいて

大阪の新阿武山病院・新阿武山クリニック の「心理教育セミナー」は、今年で19年目となる歴史あるセミナーだ。
心理教育がまだ一般的でなかった時代から脈々と続けられてきたことに、以前から敬意をもっていた。
聴衆として参加したこともある。

そんな場での講演依頼をいただいて、正直緊張していた。

会場は当事者、家族、専門職、多彩なお顔がそろう話しやすい雰囲気。
平野建二先生の笑顔に励まされてなんとか役目を果たした。
なつかしいOSAの皆様にもお会いできた。

準備をとおして日頃の実践を振り返ることもできた。
感謝しています。





4コマ漫画「統合失調症とのつきあいかた」当事者50人の経験 ようやく公開

グループ療法でメンバーが出し合う、統合失調症とつきあうための知恵。
自分でできる対処の工夫や深い思い。
いろんな人に役立つように、しかも分かりやすく、と願って、4コマ漫画にして書きためていた。

みんなに見てもらうと、
「家でいつでも見れるようにしてほしい」「ホームページにのせてほしい」「家族にも見せたい」と要望多数。

多忙に負けてグズグズしていたが、
新阿武山病院・新阿武山クリニックの「心理教育セミナー」に招いていただいたのを機に
やっとブログにして公開できた。

同セミナーの打ち合わせで4コマ漫画を話に盛り込むことになったものの、
大量にあるため印刷の手間をかけるのが気が引けて、
「ネットで見ていただけます」と言えるようにと一念発起。

主催者のご好意で、結局全部印刷して分厚い資料を作ってくださったのだが、
おしりに火が付いたおかげでやっと公開にこぎつけた。

統合失調症に悩む多くの人に見てほしいから、ランキングなるものにも初めて参加。

4コマ漫画「統合失調症とのつきあいかた」当事者50人の経験はこちら
パソコン、スマホ版  http://okamoto-clinic-4koma.dreamlog.jp/
携帯版  http://okamoto-clinic-4koma.m.dramlog.jp/


志のある仕事

小澤勲先生はときおり「志」という言葉を口にされた。

見かけの整った仕事でも、それが感じられないものには「志が低い」と切り捨てるように言われた。
温厚な先生が厳しい表情を見せる瞬間。

小澤先生の志は晩年に向かって益々明らかになり、現在の認知症分野にしっかり根付いている。

私などは志の形が自分の目にもはっきり見えない頼りなさだけれど、それを持てとの教えだけは忘れていない。

技術としてのやさしさ

恩師故小澤勲先生の言葉に「技術としてのやさしさ」がある。

認知症の患者さんに接するにはやさしさが必要だ。
天性のやさしさをもつ人は自然に患者さんと心通わせる。
しかし自分のように天性のやさしさをもたない者は、異常行動の背景にある物語を読み解く「技術としてのやさしさ」を身につけるしかない、と。

「天性のやさしさをもつ人っているんだよねえ~」と、ちょっとくやしそうに笑っておられた。

私もまた天性のやさしさに欠ける者として、この言葉は身に染みた。
さらに私には技術としてのやさしささえ、なかなか身につかない。





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