岡本クリニック日記

岡本クリニック メンタルケア室    岡本慶子 精神科医

統合失調症のひろば

雑誌「統合失調症のひろば」(2013年秋号 日本評論社)が届いた。
メンバーの座談会が掲載されたので嬉しい。
彼らの発言には大切なことがらがちりばめられていると、読み返してあらためて思う。

雑誌の冒頭に門眞一郎先生が登場されていた。
昔の一時期、児童精神医療分野で働いていたときの恩師だ。
間違ったことを言えばきちんと叱ってくださった、筋の通ったお人柄がそのままでなつかしい。

さて、メンバーに雑誌を渡すのが楽しみだ。

嵐のなかで

台風が近づいて、横なぐりの大雨に見舞われた。
出勤するのに一歩外へ出たら、たちまち全身ずぶぬれだ。
暴風警報が出たらグループは中止だけれど、今のところ大雨警報までだ。
みんな来るかなあ・・・これでは家から出にくいだろう・・・。

そんな中でも笑顔がそろった。「すごい雨でしたねえ」と言いながら。
そんな一コマ一コマに、やる気をいただいている。




このごろ思い出すこと

このごろ幾度となく思い出す光景がある。

研修時代の大学病院。精神科は本館からずいぶん離れている。木立を奥へ進むと戦前にタイムスリップしたように木造瓦屋根の外来棟がひっそりと建っていた。小暗い階段を上がると医局だ。

古びた一枚板の大きなテーブル。書類の山。アルミの灰皿にあふれる吸殻。

夜になると市中の病院から第一線で働く先輩たちが集まって勉強会が開かれる。
いかつくて男臭い硬派な空気に、はじめはたじろいだ。
でもそこには、「患者さんたちにとって何が良いのか」を考えつづける優しさと志があった。
先輩たちのさりげない言葉から、予断にとらわれず自分の目で見て地に足ついた臨床をする姿勢を学んだ。

組織を離れて自分の仕事を始めた今、無意識によりどころを探しているのだろうか。あの時間が思い出されてならない。翌年には解体された木造建築の、ひんやりした空気とともに。


就労支援の経験から 1 働く現場での個別支援

前職(精神保健福祉センターデイケア)での最後の4年間、就労支援を担当した。
現場に出向いての個別支援を重視した、デイケアの就労支援としては当時珍しいものだったと思う。
デイケア施設内でのプログラムを改良する一方、外にも出てゆく。メンバーも大変だがスタッフも努力した。

職場実習やハローワークへの同行はもちろんのこと、必要あればジョブコーチ同様に職場にも行った。
作業の遅さを問題視されていたメンバーの隣で同じ作業をさせてもらったことがある。
・・・私のほうがずっと遅かった。思い出すと冷や汗がでる。

幾人ものメンバーが、パートではあるけれど一般企業で働きはじめた。
6~7年たった今、すっかり会社になじんでいる人たちがいる。
企業家や会社の方々とは今もお付き合いがある。メンバーのことでではない。別件で連絡を下さったり、クリニック主催のイベントにひょっこり顔を出してくださる方もあって、とても嬉しい。

それまでの私は、会社とはお金を稼ぐための装置だと思っていた。
しかし私が出会った企業家たちは、経営を大切にしながらも会社という仕組みを通してもっと先を見ておられた。







町の小さな診療所

当室は統合失調症のグループ療法専門なので、メンバーそれぞれに主治医が別におられる。

開設2年で、44人の主治医からの紹介で登録メンバーは60人近くになった。
そのうち7割が診療所から、3割が病院からの紹介だ。
診療所には統合失調症患者さんはいないと言われることがあるけれど、そんなことはない。

一件あたりの診療所で見れば、大多数はうつ病やいわゆる「神経症圏」の患者さんで統合失調症は少数派だ。
でも京都には精神科診療所が70以上ある。
一件あたりは少なくても、件数が多いから全体で見れば少なくないのだろう。

京都盆地の周縁に精神科病院が点在し、中心市街地に診療所がたくさんある。
メンバーは具合の悪いときに病院を利用して、落ちついたら通いやすい診療所に移った人が多い。
相性のよいホームドクターをもつ人からは、主治医への信頼と安心感が伝わってくる。

異動がなくいつも、ずっとそこに居てくれるホームドクターをもつ意味は、精神医療においては他科にもまして大きい。町の小さな診療所はとても大切だ。

















SAの力

OSA(大阪スキゾフレニックス・アノニマス)とのお付き合いは3年前に始まった。

SAとは、統合失調症(と関連疾患)をもつ人たちによるセルフヘルプ(自助)グループだ。
アメリカ発祥、日本でも徐々に広がっていると聞く。
主な活動は定期的なミーティングだ。8つのステップに基づき「言いっぱなし、聞きっぱなし」のルールで進められる。助言者はおらず、問題解決の話合いでもない。

はじめはOSA2周年のオープンスピーカーズミーティングを聞きに行った。
事前に問い合わせをしたら丁寧なお手紙が返ってきた。本当に親切に対応してくださった。

以後、「当事者による当事者のためのシンポジウム」に出演してもらったり、他団体からの依頼講演に一緒に出てもらったりで、これまで4人のメンバーの口演を聞かせていただいた。

それぞれの方の言葉の深さと、深みから希望が見える輝きにいつも驚いた。

一度、ふだんのミーティングに座らせてもらったことがある。場はおだやかで優しくて、一人ずつのお話が寄せては引く、静かな海のようだと思った。

その海に、いったいどんな力があるのだろう。

バレーボールチームのこと 1

私にはひいきのソフトバレーボールチームがある。

生来運動が苦手で見る趣味もなかった私に、チームを応援する楽しさを教えてくれたのは、精神疾患をもつ人たちのソフトバレーボールチーム ル・クールだ。4年前、バレー好きの当事者有志が集まって誕生した。

「精神障害者ソフトバレーボール」は全国規模で行われている。地方大会を勝ち上がったチームが全国一を争う。通常のチームは医療・福祉等の支援団体が母体になっている。

ル・クールはちがう。どこにも属さない。当事者が立ち上げ、自分たちの足で施設訪問をしてメンバーを増やしてきた、自らを「自助グループ」と呼ぶ異色のチームだ。

2009年、できたてのチームにはまだル・クールの名もなく、人数は試合にぎりぎりという少なさ。それでも大会に出たい。エントリーには「監督」が必要だった。たとえ形だけでも・・・。

その頃の私は前職を退いて開業準備中。前職の縁で練習をひやかしに行っていたら、白羽の矢が飛んできた。
ルールさえ知らない私に、メンバーは資料を作って懇切丁寧に教えてくれた。
形だけの監督もどきがチームの一員として参加した。あっさり敗退したけれど、楽しい思い出だ。

そんなチームが2012年全国大会準優勝なんて、誰が予想しただろう?







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