研修医時代、故小澤勲先生の勉強会に入っていた。
当時京都府立洛南病院で認知症にとりくんでおられた先生は、児童から成人、自閉症から統合失調症やうつ病まで広範な臨床経験から紡ぎだされる知恵を、惜しみなく若手に与えてくださった。

横断面にとらわれる近年の精神医学を批判し、「病前性格ー発症状況ー経過のセットで考えよ」と教えてくださった。
それはとりわけうつ病の臨床に有用だった。表面的・横断的な症状が入り組んでいてもその本質にうつ病が見えれば、薬物選択や治療方針が的確になる。

「認知症患者さん同士のかみあわない会話は「偽会話」と呼ばれるが、本当は感情レベルで通じ合っていて「偽」ではない」と、今では知られたことだが、当時から言っておられた。

大学の事例検討会で私が報告するとき、何のついでだったのか、臨席してくださったことがある。
当時の教授木村敏先生や、もう一人の恩師松本雅彦先生もおられ、今では考えられない豪華な検討会。
事例の経過をめぐる木村先生と小澤先生のやりとりが視点の違いから緊張をはらみ、若かった私は困惑してしまった。

晩年は数々の貴重な出版を重ねられた。
いただいたメールに「病をおしてというような悲壮感はありません」とあった。
その凛とした響きを思い出す。